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もうお腹がいっぱいだ、と思ったとき、カップの中身はまだ八割は残っているような有り様だった。おいしくなくはないと思ってしまうことへの自己嫌悪にも届かない虚しい何かが立ちはだかる、だからこんなにたくさんはいらなかったのだ、きっと。店の沈黙を穏やかで満たすための適度にドラマチックな音楽は、伴奏として追う文字を過剰に盛り上げる。このシーンはこんなに、真っ直ぐにエモーショナルであってはいけないはずだ。主人公の男が風俗嬢を突き飛ばして外へと駆け出していく。その後初対面の男に捕まるのだ。

この店に入ってはじめて開いたはずの本なのに、あっという間に読み終わってしまって困惑した。カップの中身はまだ二割くらい残っていた。

左隣では女の子がたとえば絵を、右隣では別の女の子がたとえば図を、描くような右手の滑り。座席は道に面していてだから通りすがりの人と何度も目が合う、それでも何も恥ずかしくない、そういう種類の人間が設計をしたのであってくれと思う。そうでないならこれは宣戦布告だ。窓から見える看板はいつのまにか動くようになっていた。何かの欠片が口の中に入る。噛み砕こうとしたらひどく苦かった。腹が膨れすぎている。

それでも今の話ができないなら死んでいることと同じであるような気がしているから、最近好きなものは何ですか、と久々に声を交わす友達に聞くつもり。話ができて嬉しいと思った。私より少し先で、でも似た速さで大人になっていく彼女に声をかけたのは彼女とのつながりが失われるのを寂しいことだと思ったからで、それが全部で、遠ざかっていくものの話も、その余韻の話も、今の話もできたからそのことが泣きたいくらいに嬉しかった。それぞれに見方が違うことを穏やかに話せたことも。