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ここ数日の例に漏れずなかなか起きられなかったことを除いては午前中は比較的テンションが高く、ここ数日にしては順調に作業をしていた。焦りが祟ったのか午後になるとまた気が沈むようで、しかし外にでなければいけない用事が2、3あったためにどうにかして外に出る。何度変えたってどうせ変なのに、変でなくても誰にも会わないのに、服を何度か変えたあたりに自分の状態の指標をみる。

用事を済ませて帰る頃には気が重たくなっていた。

図書館を出て少し歩くと見かけた木々は、午後2時過ぎの陽光をあつめてガラス細工のようにきらきらと光っていた。通り過ぎれば左右の木々からこぼれる金色が透けている、例えば風が吹いてそれらが一斉に崩れ落ちて、鮮やかに砕け散る澄んだ音を空想する。その真下で突き刺さることができたら、真っ当に情けない後悔をいくつもするのだろうなと想像した。草木の影が妙に長く長く伸びるのを、手招きのようだと思う。

まるで熱にでも浮かされているみたいだった。最近は、歩くときには体の輪郭とそれからできるかぎり広い空間を意識して歩くようにしていたのだけれど、輪郭どころか主観の行方も曖昧になったような状態で秋晴れの下を歩いた。

 

ここ数日の投稿はそれなりにひどいという自覚はあり、人に見せる分には消してしまいたい気持ちもありつつ、その態度のぶれ自体が本来目指すというほどの熱意もなく目指していた記録であって、そもそも後から消せることにしてしまえばその前のその後の色々なものが揺らいでしまうのでいたたまれなさが許容値を超えるまでは置いておく。

 

私は必ず小さい窓から入る。手紙は自動生成されるようになったので、もう郵便屋が仕事を失うことはなく、ポストが存在意義を奪われることもない明るい未来が約束されている。街の人たちは排水溝に大事なものばかりを詰まらせていて、だから下水を漁る人が絶えないのだと聞いたことがある。