0510

午前3時のカラスを懐かしく聞いた、夜明け前へのあこがれと思い入れが水滴として現れる 目を閉じて意識する、歩道橋にわたしはいる 涼しい風に輪郭を溶かして、まっすぐ向こうへ行き交う車たちがすこしずつ朝を引っ張り上げてくるのを眺めている すこしずつ夜を連れて消えていくのを見ている 定点観測カメラ、ハローという不自然さが好き、いまこの時間の道路の空気をすこしだけ想像できるようになったことだけがわたしの過ごした時間を証明できるのだとしたら。不思議と寝つけなくて、好きなもののことを考えたりした なんのためでもなく誰かになりたかったなと思ったところまで覚えている。


夢。実家から大学に通うようになって、橙色の建物の中で影になったところにあるコンビニでチョコレート菓子を買う。布団の中で、隠れてチロルチョコを食べる。


大事なものをいろいろな場所に隠すので探しても見つからない、失くしたのと同じことになってしまう。そんなことばかりな気がする。

少しだけ本を読めた。お利口な文よりも**な文のようが良いなと思う。**の部分、いい言葉が浮かんだと思ったのにキーボードを前にしてするりと頭から抜け落ちてしまって侘しい。親切と丁寧はびっくりするくらい違うもので、わたしは丁寧の方が好きだ。丁寧と精緻はまた違うものだけれど、そのふたつは同じくらい大事。私の方なんて向いていなくていいから、誠実であってくれれば良くて、誠実の結果が私のくそしょぼい琴線に触れるのを幸せな出会いだと思う。


午後3時を過ぎる、靴を履く。思えば外に出るのは1週間ぶりになる。曇っていて、風が強くて、空気は密度を増していた。あんなに勝ち誇っていた躑躅が腐ったみたいに垂れ下がっていて、名前も知らないけれど黄色い玉のような花もしぼんで色を失っていて、つややかに揺れていた赤い葉もすっかり減ってくすんでいて、化かされたような、不思議な気持ちになる。ぎょろりとした目をいくつ見たかわからないくらい栄えていたヒナゲシも、しおれてたった一本でしょんぼり立ちすくんでいるような、また一歩季節が進んでしまうことを視界が押し付けてくるようで悲しくなった。そうやって歩いていると、ハルジオンだかヒメジョオンだか、見分け方はとっくに忘れてしまったけれど、空き地にびっしりと生えて揺れているのをみかけた。なんとなく気を持ち直した。

日が日ということもあって、花屋に行った。小学生のときに唯一持っていた図鑑が植物図鑑だったのに、花のことは何も知らないわたしで、目についた橙色の薄い花を選んであとはお店の人に任せてしまった。それがカーネーションかも自信がないけれど、毎年それである必要もないかなと開き直る、名前も知らない花をもうふたつつけてもらって、ラッピングされている間、不吉ないわれのある花だったりしたらどうしようということも思わないでもないけれど、思考停止を花屋さんへの信頼で包んで紐でくくってしまった。外に出ると風が強くて、赤子を抱えるように花束を抱えて歩いた。

ささやかとはいえ花束を持っているというのに、かつてみたいにわくわくしたりできず心臓はいつも通りの規則でのっぺりと回っていることにころりとした失望を感じた。かつてっていつだろう。思うことのひとつひとつを書きとめようとしたら、とてもじゃないけど何もかもが足りない。時間が本末転倒になってしまう。