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なぜ起きていられないのかわからない。大した理由はないのだろうなと思い、どうにかしなければならないとも思う。引っ張り出してきたメモはあまりにも杜撰だった。これを期日までにどうにかまとめられるだろうか。自分の手を介した時点で粗末なものに成り下がりかける文字をまとめて抱え持ち、どこへ連れていけば良いのだろう。日記を書こうとしたら知らない風景のことばかりが頭に浮かんで、こんなことは久し振りだと思った。

肌寒いなと思った。もう長いこと、つめたい石畳の上で膝をついたままでいる。どうしてこんなところに来てしまったのか、よく覚えていなかった。きっと大した理由はなかったのだろうと思う、例えば何か奥の方で光った気がするだとか、どちらでも同じ道に出られると信じた岐路を反対側に進んでみたとか、その程度のことだったのだろうと思うけれど、今となっては記憶も朧げだった。あたりは一面灰色で、それを映すように空は重たく曇っていた。かつては誰かが暮らしていた場所なのだろうか、朽ちかけた素っ気ない直方体の箱が転がっているのが見える。ふとわたしは呼んだような気になった。箱に近づこうと、重たい体を引きずって進む。ふと生臭い匂いがして、ありかを探れば引きずった脚に無数の擦り傷がついていることに気がついた。特にこれといって痛い気もしないが、ただただ嗅覚だけが不快を訴えてくる。耐えて、慣れるころにようやく箱に触れる距離にまで辿り着いていた。人が一人収まるには足りないくらいの大きさだったその箱は、木でできているようで、その所々がふやけて黒ずんでいた。ぱっと見では虫などが湧いているようには見えなかったが、目には見えないだけでこのやわらかくなったあたりには小さい生命がこれでもかというくらいうごめいていることが容易に想像された。脈絡なく現れて当たり前のように居座った使命感に急かされて、蓋を探した、開けなければならないと、それだけがぼんやりとした頭の中をはっきりと埋め尽くしていた。少し迷ったが、取っ手のようなものはすぐに見つかった。砂の詰まった爪を引っ掛けて引くと、簡単にそれは開いた。風が吹いて木々がざわめく音が上空を旋回する。中にはただ重たい空白だけが横たわっていた。そっと右手を差し入れてみても、特に抵抗なく左右を行き来させることしかできない。液体と戯れるように何度か掬う真似をして、それにも飽きるとだらりと腕を落とした。あたりは静まり返っていて、耳鳴りが細く光っているだけだった。何かが現れる気配もない。立ち上がろうという気にもならず、濃淡すら曖昧な上空を見つめていた。ふと、口をついて、知らない音がこぼれ落ちた。それは歌というには意味も形もなしていない、たどたどしい音の羅列だった。悲しいから泣くのではない、泣くから悲しいのだ、古い戯曲の一節を思い出す。歌が懐かしいような気がした。木目の隙間から、鱗粉のようにひかるものが見えた気がしたがそれもきっと気のせいだった。