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近づいているという台風、低気圧、頭が重たく手足は容赦無く冷えた。急かすような雨音が重たく聞こえる。いつもと変わらない時間に起床はしたものの、そのあと何度か寝た。こういったときの眠りは何よりも覚醒から遠いように思う。自分があること、自分に体があること、その体は様々な形を取りうる中でそのときその姿勢をとっているということ、光があること、どこかということ、自分はそのどこかに寝ているということ、それが何やら柔らかいということ、自分の布団の上であること、いまがいつであるのかということ、立っている文脈があるということその文脈がどのような形をしていたのかということ、それらがゆっくりとまだらに立ち上がっていって、ようやく目を覚ました私が形を持つ。

わたしのからだに埋め込まれたあらゆる通路が柔らかく縛りあげられるような馴染みのある感覚は、家の中では理解されない。今日は主には文字を読んだりしていた。

就職先が決まった祝いとして何か好きなものを、と聞かれたのでずっと困っていた。人よりも時間がかかったし、あまり明るい前途でもない。そもそも卒業論文がきちんと書けるのかすら私にとっては大きな不安であって、そうでなくても何が食べたいかという質問は自分にとってかなりの難問だった。頭の中で条件を並べる。あまり準備に手間がかからないもの。あまり派手ではないもの。祝いにかこつけたいだろう家族の心情を汲むとすれば、それでも日常の食卓とは少しでも毛色の違うもの。悩んだ末、回答期限であった朝食の席でふと思いついて、私は鍋を食べたいと言った。我ながら、かなり良い線を行ったのではないかと思った。

喉元をかたい虫が登っていくような感覚のとき、対処法として持たされていたはずだった咳は人の手前では手段として剥奪されているに等しく、虫が歩き回った細くて汚い跡が喉の裏に残されているのをそのままにして台所にも湯船にも行かなければならなかったこと。