0509

出社をした。ねむい割に、でもなんとなく心身は軽かった。

なんとなくインターネットを徘徊して(そんな場合でもないのに)、大人たちのいろいろなこだわりを恐く思って、どうしてだろうと思う。折り重なっていく時間に圧されてこだわりが煮詰まっていくのは当たり前のことのはずなのに。でも思えば、怖くない、好きなこだわりがあったはずだ。嫌悪のあるこだわりとの違いは何だろうと思う。ことばとか、ものに向かっていくこだわりは怖くない。人に向かうこだわりが怖い? なんだか違う気がする。好きな演出家さんのひとりは、人に徹底的に向かっていく人だった。でも人にこうあるべきだと説くニュアンスのあるものは怖い。話し方の問題なのか?それもなんとなく違う気がする。ジャッジする言葉はずっと怖い。あの恐ろしさはなんだろう。答えは出ない。