0423

昨夜、寝られなくて、久しぶりにアップライトピアノの蓋を開けた。物置と化しつつあるその上から箱や布や紙束を退けてコンセントを入れる。耳当ての部分がぼろぼろになったヘッドフォンを指す、電源を入れても何も聞こえないが、端子を回すとうまく接触するところが見つかってざらついた音が耳に届く。長く聞いていると頭が痛くなるような音だ。買われてからちょうど15年ほど経った電子ピアノだから、単純に劣化している。

ピアノは弾けない。小学校の頃ほんの短い間だけ習っていたのだけれど、こつこつ練習するのが苦手だったことと、月謝に見合う将来性が見込めないとの母の判断が噛み合って一年でやめてしまった。せっかく拵えてもらった電子ピアノだったけれど、それからはもっぱらただのおもちゃと化して、インターネットで拾った得体の知れない楽譜を広げては無為に格闘する陰気な中学生時代を送った。

鍵盤に指を落とす、綺麗とは言えない音が鳴る、昔のようにインターネットで、昔よりもずっと身近になったインターネットでまた譜面を探す、知っている曲の知らない和音を鳴らす。少しずつ指に馴染んでいく感じが心地よかった。何秒かに一度だけ指の置き位置を変えて、単純化された曲の上をたどたどしくも歩く。見つかるのを恐れて電気もつけていないから部屋は薄暗くて、スクロールで揺れるブルーライトに呼応して小声で歌う。誰でもなくなるような気がして、重いも軽いも失って、拙いままに自由でいられた。

数分をそうやって過ごして、ふっと内臓が重たくなったのでやめた。電源を切って、音がしないように慎重に蓋をしめる。上に乗っていたものをもとあったように戻して、ヘッドフォンのコードをまとめる。ブルーライトを頼りに部屋を後にした。まとわりつく鬱屈がすこしだけ解けたような気になった。