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身近な人にこの世でいちばん長い挨拶をしてみましょう、チャイムが鳴ってそういう授業を受けていたとき、私は布団の上でうずくまったまま雨の音を聞いていた。夏という音が滴るのは、に続くもっともそれらしい理由を思い損ねて、窓硝子の外ではあまりにも正しい家族の歓声が聞こえている。外を歩けば四方八方から冷涼が空気に浸透していって、耳鳴りとして到着する場合の符号がうまくかけなくてペンばかりが転がっていた頃もあったと思う。三角屋根の夢を見て、走り出したのは喉の見る空想の景色ばかりで、光速に突き抜ける暖色を目で追うこともしないし、このまま浮いてしまえたらきっと楽なのかもしれない。見て、三月にはあんなに東にあったのに、今となってはすっかり小さな篝火のようなもの。明日は眠い。自ら無失点。細胞にも背中はあって、いちばん見るということを知っている。音が止んでしまう。三時のバイクを最近はもう聞かない。それでも暗い想像はやってくるから、季節が回っていることだけはきちんと分かっているつもりになれる。くわばらくわばら。